2008 |
04,15 |
«あっという間に。»
2008 |
04,14 |
«茶団子なのです。»
茶団子です。押谷です。
今日は、以前勤めていた職場の先輩に会いました。
京都駅で半日を過ごしました。
どのように過ごしたかは内緒です。
その先輩は東方神起(たしかこんな字だったはず)に夢中です。
私にはさっぱりわからない分野ですが、今ひそかにといってももうひそかではないらしいのですが、韓国出身のアイドルグループにはまってます。
昨日は日帰りで広島までその方たちのライブに行っていたそうです。
素晴らしい行動範囲の広さです。
押谷にはマネできません。
帰りに茶団子を買いました。自分へのお土産です。京都に住んでいるのにお土産です。
なんだろう。今日のこの楽しかった時間を記憶するためでしょうか。
形に残したくなってしまうのです。とはいえ、食べてしまうのですが…。
帰りは予期せぬ雨。というより、準備不足なだけです。
茶団子が濡れてしまわないように、必死で自転車こいで、帰りました。
2008 |
02,08 |
«祝辞。»
やーうれしい。まだ受賞の余韻にひたっている昼ノ月の面々。特に私。
鈴江は出席できなかった。仕事が断れず。残念無念。
共演者の押谷さんに代読してもらったお祝いのことばを、今一度世間の皆さんに知ってもらいたいと思いまして。緊張して読んでみてください。どうぞ。
………………
二口君、授賞おめでとうございます。
選考委員の皆さん、関係者の皆さん、彼に賞をさずけてくださってありがとうございます。私からもお礼を申し上げます。
私が書いて演出して一緒に取り組んだ作品が受賞のきっかけになったことを、大変名誉なことだと思っています。私もうれしいです。ありがとうございます。
考えてみればいつの間にか、彼との付き合いは古いものになりました。彼も私も大学の学生劇団で活動していた頃でした。20年も前になります。京大文学部学生控え室というキャンパスのすみっこの廃屋みたいな部屋にたむろしていた私たちを、見も知らぬ同志社の学生が「稽古が見たい」と訪ねてきました。それが彼でした。そんな人は初めてでしたから、うれしくて有頂天になる仲間。なにか魂胆があるのではないかと疑う仲間。私たちはいろいろ動揺したものでした。汚い壁ぎわに彼が今と変わらない寡黙な様子で座ったのを思い出せます。美しい男でした。
紆余曲折がありました。その後の生活も、演劇活動も。
表現をよくすることってどういうことだろう。よくしたい。誰も求めもしないそんなことにとらわれてこだわって考え込んでしまって、それが20年も続いてしまったのが彼だと思います。 私も似たようなものですが、人並みはずれたしつこさです。私も似たようなものですが。小さな企画を深い考えもなしにたちあげてしまう癖も20年かわりありません。ほんの数十人しか見ないような企画を思いつく人はあまりほかにいません。そして思いついたらこんなに盛り上げれる人もあまりほかにいません。それが今回の二人芝居でした。今回も20年前と同じように大学の小さな教室でさみしくこもって稽古した作品です。さみしくて楽しい時間でした。人並みはずれたものずきです。でもしかたないと思います。ものずきなんですから。
さいわい演劇ユニット昼ノ月はこの二人芝居を今年6月京都で再演することになりました。8月9月には鳥取倉敷東京でもやります。どうか小さな私たちのこだわりを見に来てください。
彼のような人がいたことを、誰かに覚えててほしいと思います。ストイックな求道者。滅びの道を進むやせた男。魂が演劇を求めてしまう一途な青年。そして青年は今でも確実に成長し続けています。私は知ってます。この受賞を気に、彼はまた一段と考え込むでしょう。くよくよこだわるでしょう。そこに磨きをかけるでしょう。楽しみです。どうか皆さん、これからの彼のすてきなパフォーマンスに期待してください。応援してください。
二口君、おめでとう。
この賞のますますの発展を祈っています。
……………………………………
写真は、代読してくれている押谷さん。すてき。
2008 |
01,24 |
二口君が。
やりました。
ウイルスの勝利だ。
そうだ。そういうことかもしれない。私たちは長い間ずっとウイルスにやられっぱなしで、ずっと現実感のない夢のようなことをしているのかもしれない。
ずっと堤防を歩いていたのに、行き止まりにきてみたらそこは空港だった。とか。
空港を大きな飛行機が、ゆっくりとこっちに向かって進んでくる。まっすぐ来ても車輪と車輪の間に立ってたら上を通過してくれる、と思ってるのにどうもどうやらあの飛行機は僕をふみつぶそうとこっちに来ているようだ。とか。
一緒に歩いてたはずの女の子のほうを振り返ったらそこにいたのは笑顔の母だった、とか。
ああ。
エンゲキやってたら、一緒にやってたハイユウが賞をもらった。ちょっと振り返ったらそのハイユウは無愛想な僕の兄だった、とか。
なんだろう。
そんな夢を見ているような。
僕らにとってのエンゲキはなつかしい、他の人とは違う味のするエンゲキのような感じがします。そのエンゲキをほめてくれる人がいて、楽しんでくれるお客さんがいて、その奇跡が、うれしいですね。
二口君、おめでとう。
2007 |
11,05 |
ワークショップがもう間もなく、始まる。迫っている。
われわれはまた集まってああでもないこうでもないと会議。話し合い。ミーティング。悩みの相談。うちあけばなし。建設的なバトルトーク。うしろむきな心のすき間に励ましと恫喝。
いろいろやりながら進んでいくのです。
練りに練った案が、次第にでき上がりつつあります。
コーヒーが飲めない二口氏と、昆布茶ばかりすすってしまう鈴江氏と、なんでもこいの押谷氏と、制作に加わってくれた脇野裕美子氏は抹茶ケーキをちびちびきざんでおります。
いろいろやりながら進んできました。
役者をする、っていうのはどういうことなんだろう。そもそもどうして人は役者をするのだろう。したいのだろう。
僕は知ってます。
たった一度だけ目にしてしまったあのひとの、あのときの、吐息ひとつのせいなのです。
みんな、そうなのです。
とりつかれてしまっている。目ざすものはありありと見えているのに、そこまでになかなか到達できない僕らのこの胸のもどかしさ。恋焦がれる遠さ。ときどきちらりと錯覚させる近さ。
こんどのワークショップでも、私たちは一歩でも近づくチャレンジだけは、惜しまないのです。
どうかどしどし参加申し込みを!お待ちしてます。